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山口地方裁判所 昭和42年(行ク)2号 決定 1967年7月20日

申請人 中橋良二 外二名

被申請人 下関市教育委員会

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

(双方の主張)

申請代理人は、「被申請人が申請人らに対し昭和四二年五月二九日付下教学第三八一号を以てなした同年六月五日学籍を移管するとの行政処分は、いずれも本案判決確定に至るまでその効力を停止する。」との裁判を求め、申請の理由としてつぎのように述べた。

一、申請人らはいずれも被申請人から学校教育法施行令第五条にもとづく就学指定を受けて下関市立名陵中学校に入学し現在三学年に在学中のところ、被申請人は申請人らに対し昭和四二年五月二九日付下教学第三八一号を以て「申請人中橋良二を下関市立文洋中学校に、申請人西山光義、同中野博志を同彦島中学校に、同年六月五日学籍を移管する。移管後従前の名陵中学校に登校しても出席の対象とせず学業成績の評価もできない。」旨の処分(以下本件処分という)をなした。

二、しかしながら、本件処分は何ら法令にもとづかない違法の措置であるからのみならず、申請人らの入学許可後二年二月を経過し進学に最も大切な三学年一学期の中途に及んで本件処分をなしたことは、申請人らに著しい損害を与えるものであり、また申請人中橋および同中野はいずれも入学当時から親権者の住居外に転居していた者であるが、被申請人は右事情を知りながらあえて入学を許可したものであるから、本件処分は権利の濫用というべきである。

三、よつて、申請人らは山口地方裁判所に本件処分取消の訴を提起したが、本案判決の確定を俟つては回復困難な損害を受けるから、右処分の効力の停止を求めるため本件申請に及んだ。

被申請代理人は、主文一項同旨の裁判を求め、答弁として、つぎのように述べた。

一、申請人らがいずれも被申請人の就学指定によつて下関市立名陵中学校に入学し現在三学年に在学中であること、被申請人が申請人らに対し本件処分をしたことは認めるが、その余の主張事実は否認する。

二、被申請人は下関市内における越境入学の現象が学級編制上その他教育面に多大の弊害を及ぼしていることにかんがみ、関係父兄に対し校区内に転校するよう一ケ年にわたる説得を続けてきたが、申請人らはあくまで説得に応じなかつたので、やむなく申請人らに対する教育的配慮を加えた上で学籍移管の措置をとつたもので、もとより適法であり、申請人らはこれにより何ら回復困難な損害を蒙るものではない。

(当裁判所の判断)

一、申請人らがいずれも被申請人のなした就学指定によつて下関市立名陵中学校に入学し現在三学年に在学中であること被申請人が申請人らに対し本件処分をしたことは、両当事者間に争いがない。

二、申請人らは本件処分は法令の根拠なくしてなされたものであると主張するから、まずこの点について判断する。

学校教育法施行令五条ならびに地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下地教行法という)二三条四号に徴すると、申請人らの就学すべき学校を指定するのは元来被申請人の裁量に委ねられた職務権限であるというべきである。

そして、疎乙三二号証に徴すると、現在下関市には地教行法一四条の授権によつて昭和四二年五月二二日公布の「下関市立小学校及び中学校通学区域に関する規則」なる教育委員会規則が制定せられており、これによると下関市立の各中学校の通学区域(校区)が定められ、生徒の在学する学校は特別許可のある場合を除いて親権者等保護者の住所の属する校区内でなければならないとされていることが認められるところ、被申請代理人審尋の結果に徴すると、申請人らが名陵中学校に入学する以前からこれと同一の規定があつて、申請人らの各保護者が右一般的指定に従いその住所の属する校区の学校に子弟を就学せしめるべきことを知つていたことが明らかである。

しかるに、申請人、被申請人双方審尋の結果ならびに疎乙一ないし九号証に徴すると、申請人中橋は文洋中学校の校区内である保護者の許に居住しながら名陵中学校の校区である丸山町一丁目一八九三番地に転居したかのように装い、申請人西山、同中野にいずれも入学前から彦島中学校の校区内である大和町に居住しながら申請人西山は丸山町六丁目一八七六番地に、申請人中野は豊前田町六番地の九に居住しているように装い、その旨虚構の申告をした結果、被申請人から名陵中学校に入学すべき指定通知を受けたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる疎明がない。

そうすると、被申請人が申請人らに対してなした入学指定の通知は虚構申告にもとづく瑕疵があるから、これを原則として、通学区域の一般的指定どおりに是正するのは被申請人の職責であり、その就学指定権にはこのような是正措置をも当然含むものとしなければならない。

被申請人が右是正措置として申請人らに対し後記認定のように転校勧奨を行い、これに従わない同人らに対しあらためて申請人らが保護者の肩書住居地に居住しているものとして本件処分をしたことは当然被申請人の職務権限であるというべく、右処分を以て法令にもとずかない違法の処分であるとする申請人らの主張は理由がない。

三、つぎに、申請人らは本件処分は時期的にみて申請人らに著しい損害を与えるもので権利の濫用であると主張するから按ずるに、被申請代理人審尋の結果ならびに疎乙一〇ないし二九号証に徴すると、被申請人は昭和四一年四月以降下関市内における校区外通学生徒の実態調査の結果申請人らを含む多数生徒の越境通学の事実を知り、再三転校指導を反覆し、昭和四二年一月一一日には被申請人において強制転校措置をとる旨申請人らに通知したこと、しかしながら被申請人は右強制措置が生徒の心理に与える影響を考慮し、その後も職員を申請人らの保護者の私宅に派遣するなどして極力説得を続けたところ、申請人らを除く他の生徒は任意転校或いは転居したが申請人ら三名のみはその態度を変えなかつたので、被申請人は教育上の効果等諸般の事情を配慮の上、やむなく本件学籍移管の措置をとつたこと、下関市内の各中学校において使用される教科書、教科課程は全く同一であり、時期的にみても本件処分による転校によつて申請人らの教育上悪影響は少ないと考えられることが認められ、他に右認定を動かすに足りる疎明がない。

以上の経緯に照らすと、被申請人の措置には実態調査ならびに転校指導の迅速強化の面においてなお望むべき点はあるにしても、申請人らをことさら通学困難な遠隔の学校に転校させるなど不利益な取扱いをしたわけでもなく、本件処分が権利の濫用であり、申請人らの教育を受ける憲法上の権利を侵害したものとは、到底認められない。

四、そうすると、申請人らの本件申請は、本案について明らかに理由がないとみえるから、その余の点について判断をするまでもなく、いずれもこれを却下することとし、申請費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡村旦 大須賀欣一 大前和俊)

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